05.31
黒川文雄のEyes Wide Open VOL.38「令和版 セガ+バンダイか? ソニー+マイクロソフト提携の背景」
ゲームにおける変革の歴史
ゲームビジネスは常にダイナミズムに溢れています。コンピュータゲームが生まれてすでに40年以上が経過しました。その間にゲームビジネスという産業界はテクノロジーの発展を背景に、グラフィック、アクション、ネットワーク対戦、ゲーム性の向上などの恩恵を受けて大きく進化と変化を遂げてきました。
なかでも、1990年代中盤に起こった次世代機と呼ばれた家庭用ゲーム機、セガサターンとプレイステーションによって、グラフィック面が大きな変化と進化を得て加速度的に表現の領域が拡がり、ゲームビジネスは新しい次元に入りました。
そして、御存じのように、2010年頃からはガラケーのソーシャルゲーム、その後、スマートフォンにコンテンツ市場が移り変わり、家庭用ゲーム機は低迷期を迎えるに至りました。
プレイステーションによるエンタメ・ビジネスを推進してきたソニー・インタラクティブエンタテインメントと親会社ソニーも例外ではありませんでした。それに加えてオンラインゲームの台頭によって、ゲームビジネスの方向性を転換せざるを得ませんでした。
ソニーを支えるエンタテインメント・ビジネス
ゲームビジネスが辿った歴史の結果として、明らかにソニーのビジネスモデルが変わったことを感じさせる証が、2019年4月のソニー2018年度連結決算の中にありました。
私たちが知っていたソニーは、ちょっとクールな家電的なデバイスを開発して、販売する企業でした。現在、50-60代の人たちにとっては小型化されたスマートなデバイスを世界に先駆けてリリースした感性を刺激するハードウェアメーカーと認識されることでしょう。その代表的なハードウェアは小型トランジスタラジオ「TR-55」であり、一般に良く知られるのは初代ウォークマン「TPS-L2」は世界にヒットしソニーの名前を世界に知らしめました。その後に続く、プレイステーションは任天堂1強の時代に登場し、ゲーム産業地図を大きく塗り替えました。しかし、それらもすでに過去の逸話となりつつあります。
現在のソニーは、巨大なエンタテインメント・コングロマリットです。ゲーム系エンタテインメントではプレイステーションビジネスを展開する株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントを擁し、ハリウッドでは、「スパイダーマン」「007」シリーズなどを製作するソニーピクチャーズであり、株式会社アニプレックスではアニメーション作品を製作するとともに、スマートフォン向けソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」のメガヒットでも良く知られています。
ソニーV字回復の要因
さて話を決算発表に戻しましょう。
ソニーの2019年3月期通期(2018年4月〜2019年3月)決算の発表に依ると売上高は8兆6657億円、営業利益8942億円、ゲーム&ネットワークサービス・カテゴリーはゲームソフトの売り上げと、有料会員サービスの「プレイステーションプラス」の加入者増などで、売上高は前年比19%増の2兆3109億円、営業利益は前年の1775億円から大幅に増加し3111億円を記録しました。まさにソニーの収益の大きな柱と言っても差し支えはない数字でしょう。
「プレイステーションプラス」は有料定額制の会員サービスで、アマゾン・プライム、アップルミュージックやスポティファイなどに良く似たゲームのサブスクリプションサービスで、フリープレイ、ディスカウント、スペシャル、オンライン対戦、データのクラウド保管などのユーザー特典があります。
アップル、アマゾン、グーグルなどのポータルの後塵を拝したソニーが自社のデバイスとコンテンツを活かしたサービスが「プレイステーションプラス」であり、自社のハードウェアとコンテンツ、ネットワークを活かしてチャリンチャリンとお金が落ちるサービスに活路を見出し、それを大きく実らせた結果と言えるでしょう。
ソニーよ、お前もか?…という声も聞こえてきそうですが、ハードウェアの垣根が徐々になくなる現在においてはむしろ時代が求めた必然ではないかと思います。
令和版セガ+バンダイ合併話か?!
このように好調なソニーがマイクロソフトとの戦略的提携を5月16日に発表を行いました。
詳細な発表はまだですが、エンタテインメント領域や人工知能などの分野での協業を行い、マイクロソフトがもつクラウド基盤「Microsoft Azure(マイクロソフト・アジュール)」を活用したゲームやコンテンツのストリーミングサービスを共同で開発すると言うことです。競合でありながらも協業するという発表は業界人ならずとも驚いたことでしょう。
ここまでの発表を知った時、私の頭に浮んだのは、1997年にメディアに向けて発表された株式会社セガ・エンタープライゼスと株式会社バンダイの提携話、いわゆる「セガ・バンダイ」合併話です。
すでに現在のゲーム業界で働く若者たちの中にも、セガが「エンタープライゼス」だったことも、バンダイナムコが「バンダイ」と「ナムコ」だったことを知らない人も多いと思います。しかし、1997年、現実にセガとバンダイは合併に向けて話を進めていたのです。
当時を振り返ると、どちらもゲームビジネスでは厳しい局面を迎えており、その合併話は「弱者連合」と揶揄されたこともありました。結果的に、バンダイ内部(セガ内部にもあったとは思いますが)の合併反対派の強力な社内連係によって、この合併話は潰(つい)えたのです。そして数年後、ナムコとバンダイでの合併話は推進し、開発のナムコと営業のバンダイが合併し現在のバンダイナムコグループ組成に至るのです。
選択肢は他にはなかったソニー+マイクロソフト
誤解の無いように言っておきますがが、今回のソニーとマイクロソフトの提携は、1997年のセガとバンダイの合併のような厳しい状況とは明らかに異なります。なぜなら、現時点で両社はそれぞれの強みをもった組織だからです。
むしろ今回の提携を推進した要因は外部にあると思います。
そのひとつは、グーグルがGDC2019で発表した、新据え置きゲーム機の構想「Stadia(スタディア)」です。「Stadia」の詳細は不明ですが、2019年内にアメリカとカナダ、英国、欧州でサービスを始めるというもので明らかに現在のプレイステーションビジネスをベンチマークにしたものです。
そしてもう一方の雄、アップルもそれに先んじてアップル&TV+(プラス)を発表しています。こちらは従来のアップルTVのサービスにゲームなどのサブスクリプションサービスが付加されたものです。
おそらく、ソニーもマイクロソフトも未来に向けてそれぞれ自社で展開できるポテンシャルはあるはずです。しかし、双方のポテンシャルとコンテンツをかけあわせれば単なる掛け算ではない組み合わせになるのではないでしょうか。世界を見回したときに、組む相手としての選択肢は他に無かったと考えることもできます。
さらに言えば、すでにソニーは日本の会社ではなく本社機能はアメリカです。アメリカの国益と企業の新しい提携は重要な国策としての意味もあると思います。
もちろん、現段階では双方の提携発表と言うレベルに過ぎず、セガとバンダイのように発表から4か月後に合併解消ということがないとも言えません。しかし、それぞれの持つテクノロジーとコンテンツを活かして、5G時代の新しいエンタテインメントの地平を切り開いて欲しいと思います。
筆者: 黒川文雄(くろかわふみお)
1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDE、にてゲームソフトビジネス、デックスエンタテインメント、NHN Japanにてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。ジャーナリスト、コラム執筆家、アドバイザー・顧問。
『ANA747 FOREVER』『ATARI GAME OVER』(映像作品)『アルテイル』『円環のパンデミカ』他コンテンツプロデュース作多数。
黒川メディアコンテンツ研究所・所長。コンテンツとエンタテインメントを研究する黒川塾を主宰。現在、注目するカテゴリーはVR、AR、MR、AIなど多岐に渡る。