2019
03.15

黒川文雄のEyes Wide Open VOL.33 「平成の30年を振り返ると、そこにはデジタル革命があった」

EyesWideOpen

■平成の30年間はビデオゲームの歴史そのものだ

 幻の平成31年(2019年)が始まって、すでに3ヵ月が過ぎようとしています。4月には新元号の発表、5月にはその施行が行われます。

この連載コラムに限らず様々なメディアで「平成を振り返る」という切り口で再考証が行われていることでしょう。

私自身の個人史を振り返ったとき、平成の30年間と言うのはデジタル技術、特にビデオゲームにおける進歩と成熟の30年だったと感じています。

デジタル革命の予兆はソニー「ウォークマン」から

デジタル技術の革命的な出来事は、平成ではなく、昭和54年(1979年)に登場した初代機「ウォークマン」(品番TPSL2)にその予兆を感じました。

当時、私は大学1年生で、同級生が見せてくれた初代機「ウォークマン」の完成度の高さに感動をしました。そして、イーグルスを脱退したばかりのランディ・マイズナーのソロ・アルバムを大学のキャンパスで歩きながら聞いたときの感動は今でも鮮やかに御覚えています。

「ウォークマン」は、それ以前にソニーが製造していた「プレスマン」と言うプロ用の録音装置付き小型カセットレコーダーのレコーダー部分を排除して小型化したデバイスでした。この小型化、省略型こそが日本が(この場合はソニーです)世界に打って出るきっかけを作ったと思います。

そして「ウォークマン」がもたらしたものが「音楽を持って歩いて自由に聴く」というライフスタイルの提案と変化でした。

ソニーの開発者たちが、実際にそう考えて提案したか発売したかどうかは今となってはわかりませんが、結果としてユーザーがそのようなスタイルを生み出したと言ってもいいでしょう。

「ウォークマン」から遅れること1年後、1980年に任天堂からハンディ型(電卓サイズ並み)の「ゲーム&ウオッチ」が発売されます。これは任天堂にとって大きなヒットになるとともに、大きなキャッシュを生み出しました。

そして、それはビデオゲームの世界にも小型化、無駄なものを排除したと言う意味でシンプルなゲームを提案したという意味で省略型の娯楽の提案でした。

「ゲームボーイ」がもたらしたゲームライフスタイル革命は今も続く

「ゲーム&ウオッチ」の開発と販売で得た、その技術や知見は、3年後(1983年)の昭和58年に発売されたファミリーコンピュータに結実し、ビデオゲームの基礎工事が完成しました。

さらにその後、今度は平成を象徴するかのように任天堂から平成元年(1989年)4月21日に「ゲームボーイ」が発売されました。

現在主流になっているスマートフォン系ゲームの元祖とも言うべきゲームスタイルはこの「ゲームボーイ」がルーツと言っても異論はないでしょう。

もちろんカートリッジの差し替えという煩雑さや画面の可視化率の低さなど利便性の低さは否めませんが、好きなゲームを、好きな時間に、好きな場所で楽しむと言う自由解放の扉を開けたことの価値とその評価はゆるぎないものでしょう。

私はこの「ゲームボーイ」というデバイスが好きで数種類をコレクショしていますが、デザインは研ぎ澄まされたものであり、世界で評価されたという理由が理解できます。

時代の主役は変わり続けることに意義がある

ビデオゲームの進化は、平成元年に導入された「ゲームボーイ」の導入以降、ハードウェアの高性能化を辿り、現在も留まるところを知りません。

グラフィックも2Dのドットから、3次元コンピュータグラフィックスへ、そのコンピュータグラフィックスも90年代初頭のゲームにあったフラッシェーディングから発展してグーローシェーィング、フォーンシェーディングという滑らかな表現に移行するとともに、キャラクターやオブジェクトの造形も細かいポリゴン生成ができることになり、より現実感の高いビデオゲームの世界観が実現しました。

ただしエンタテインメントの根源的な楽しさの演出やゲームのバリエーション自体はすでに完成してしまったものばかりで、それらを手を変え品を変え提供しているという状況です。それが良いとか悪いとかの問題ではなくエンタテインメントの原理は常に変わらないものがあるべきだと言う証かもしれません。

それはハードがどんなに移り変わっても変わらないエッセンスのようなものかもしれません。

振り返ってみると、ビデオゲームは8ビットから16ビット、そして32ビットの次世代ハード戦争を過ぎて62ビット、128ビットを向上してきました。そこでは常に時代の移り変わりとともにハードの主客交代が起こり今に至っています。形があるものが永遠に続くものはありません。常に時代とともに変化しています。

現在はスマートフォンがその主役の座を射止めていますが、これも永遠に続くとは思えません。形やその存在意義も変わってくることでしょう。変化を恐れず、変化を受け容れること、そして人もモノもスタイルも変わり続けることで、どんな時代になっても適応できるのではないでしょうか。平成の変化を振り返るとともに、新しい時代の変化を楽しみにしていきたいと思います。

©SEGAGAMES ©任天堂

筆者: 黒川文雄(くろかわふみお)

1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDE、にてゲームソフトビジネス、デックスエンタテインメント、NHN Japanにてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。ジャーナリスト、コラム執筆家、アドバイザー・顧問。
『ANA747 FOREVER』『ATARI GAME OVER』(映像作品)『アルテイル』『円環のパンデミカ』他コンテンツプロデュース作多数。
黒川メディアコンテンツ研究所・所長。コンテンツとエンタテインメントを研究する黒川塾を主宰。現在、注目するカテゴリーはVR、AR、MR、AIなど多岐に渡る。