05.15
黒川文雄のEyes Wide Open VOL.37「個展「シド・ミード展 PROGRESSION TYO 2019」を観て未来に想うこと」
前回アップした「コンテンツ東京2019」のコラムでも触れたが、昔の人が未来を創造しながら描き上げた未来のデバイスやクルマ、都市デザインはとても美しい。
それはなぜだろうか…おそらく、そこには個々人が理想とする夢があり、希望があるからだろう。故に、それに魅せられ、そうあって欲しいと思う気持ちが増幅し共鳴し合うのだろう。
さて、そんな未来の夢をすでに1980年代から我々に提示してくれた「フューチャリスト」がシド・ミード氏だ。ミード氏に関しては詳しい説明は不要と考えるが、すこし説明しておこう。
既に御年85歳(1933年生)、もう来日が叶う年齢ではないだろう。今回はミード氏の貴重なドローイング・デザイン・コレクションと日本国内のコレクターが所有する貴重なデザイン画と華麗なイラストが展示されている。(展示会場は秋葉原3331 詳しくは公式サイト参照)
ミード氏はミネソタ州生まれで、宗教家の父を持つ。アニメーターの仕事を経て、軍役に就き、除隊後はアートスクールでインダストリアル(工業)デザインを学ぶ、卒業後はフォードモータースで先進的かつ実験的なカーデザインをいくつも行っている。フォード退職後はイラストレーター、インダストリアルデザイナーとして自身の会社を創業し現在に至る。
ミード氏を世界的に有名にしたものは主に映画だ。なかでも私も好きな映画の1本であるリドリー・スコット監督の「ブレードランナー」(1982年公開)だろう。会場で視聴できる「ブレードランナー・ファイナルカット」の特典映像インタビューによると、リドリー・スコット監督に提出したビーグル(クルマ)のデザインの背景を見て、リドリー・スコット監督がミード氏にその世界観を依頼した経緯を語っている。
それは、単なるクルマのスケッチではなく、そのクルマが存在する世界観と一体化したものに魅力があったということだろう。もちろん、話には前段があって、リドリー・スコット監督はミード氏の画集「センチネル」に収録されている「CITY ON WHEELS」に感化されて、起用を決めたというエピソードがある。
もはや、映画「ブレードランナー」以降は言うに及ばず、「エイリアン2」「ショート・サーキット」「ミッション・トゥ・マーズ」「エリジウム」、そして最新作はブレードランナーに回帰して「ブレードランナー2049」のデッカード邸のデザインなどを手掛ける。まさにブレードランナーに始まり、終わる(終わってはいないのだが)ミード氏のキャリアの集大成がこの展示会では観ることができる。
実は日本との接点が強いことも、今回の展示会に至った理由のひとつだろう。
ミード氏は軍役時代に沖縄に駐屯したことがあり、その時に感じたアジア的なものが作風の中にも多く観られた。過去作品のスケッチのなかにはTOKYO(東京)をイメージして描いたという都市デザインのものがあり、このあたりのアジア感がブレードランナーの世界観に強く反映されているものだと考える。今までのデザインワーク・イラストワークの三割が日本から発注だったということも十分頷ける。
このような展示会は次があるかどうかはわからない。わからないからこそ、在った時には観ておけというのが鉄則だ。 「ビジュアル・フューチャリスト」として、数多くのクリエイターや作品に影響を与えて来た世界的インダストリアルデザイナー、ミード氏の作品150点を展示する「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」。
今回の展示は【PROGRESSIONS】【The Movie Art】【TYO Special】【Memories Of The Future】という4部構成で、日本のコレクターが保有する独自の展示もあると言う。
日本と東京の街は、2020年に控える東京オリンピック実現に向けては大きな変貌を遂げている最中だ。時は流れ、映画「ブレードランナー」でミード氏がイメージした「2019年」にはなったのだが、未だあのような世界観が具現化する様子は微塵もない。
リドリー・スコットがミード氏の描いたスケッチの中のクルマをその一体感で評価したように、何かが一点だけ未来感に溢れていてもそれは未来感ではなく違和感しか残らない。
東京にはそのような風景や光景が無いが、京都の町家をイメージすれば解り易い。ある種のトーンやテイストがそこにあるからこそ、調和と景観が一致する。…とは言え、その京都の町家も徐々に変わりつつあるのだが、それは致し方ないかもしれない。変わりゆくものを、足を止めて観ることで得るものは大きい。展示会の終幕まであと4日だ。
公式サイト 「シド・ミード展 PROGRESSION TYO 2019」 開催は5月19日まで)
(追記:シド・ミード展は好評につき6月2日(日)まで会期延長が決定しました。この機会にお見逃しなく!)
筆者: 黒川文雄(くろかわふみお)
1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDE、にてゲームソフトビジネス、デックスエンタテインメント、NHN Japanにてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。ジャーナリスト、コラム執筆家、アドバイザー・顧問。
『ANA747 FOREVER』『ATARI GAME OVER』(映像作品)『アルテイル』『円環のパンデミカ』他コンテンツプロデュース作多数。
黒川メディアコンテンツ研究所・所長。コンテンツとエンタテインメントを研究する黒川塾を主宰。現在、注目するカテゴリーはVR、AR、MR、AIなど多岐に渡る。