2020
02.04

【World MR News】3キャリアのキーマンが語る5GとARの融合が生み出す未来――「ARISE#2 -Spatial Experience Summit-」レポートその②

World MR News

2019年11月30日に、日本発のARコミュニティイベント「ARISE#2 -Spatial Experience Summit-」が開催された。本稿ではその中から、NTTドコモの岩村幹生氏、ソフトバンクの坂口卓也氏、KDDIの水田修氏による「Augmented Communication Session」の模様をお届けする。

写真左から、NTTドコモ 岩村幹生氏、ソフトバンク 坂口卓也氏、KDDI 水田修氏。

5Gの低遅延は近い将来は実現できない

――ARの魅力と5Gの可能性について教えてください。

水田氏:5Gの可能性を感じている人はどれぐらいいますかね? 「速い、大容量、低遅延」というのは、皆さんキーワードとして抑えていると思います。ある意味まだ答えが出てない分だけ、何が生まれるかわからない期待値の可能性が最大限にあるバズワードだと思っています。

ガートナーのハイプサイクルでも、期待値は最大のところに来ています。そのため、可能性を期待せざるを得ないというのが、個人としてのイメージです。5Gはあくまでも無線を含むもので、基地局が必要です。4Gのときもそうでしたが、基地局はどこかの場所に作る必要があります。作って始めてそこがエリアになります。

各キャリアとも同じですが、5G全国をカバーできているという状況でスタートすることができません。5Gは電波が広がらないという特性があり、逆にいうとどこの5Gの基地局を作って新しいことをやっていくかということ自体が、会社の戦略と密接しています。そこが、これまでの3Gや4Gとは異なるスタンスです。

今までスマートフォンのなかで様々なサービスを作ってきた立場で、無線が浸透してきていない中で戦わなければいけないと考えたときに現場に価値を作る必要があると思いました。それが、僕らがこれまであまり取り組んでこなかった領域に、手をださなければいけなくなった背景だと思います。

現場を楽しくするテクノロジーで、ARは外せないものじゃないかという意味でいうと、必然的に出てくるものだと思っています。

岩村氏:5Gを導入する理由は、大きくいってふたつあります。ひとつは、なんだかんだいってデータトラフィックが伸び続けているのなかで、一方で総務省などから料金の圧力があります。そうしたコスト圧力があるので、ビット単価を抑えるというのがミッションとしてあります。1ビット送るためにかかるコストを、とにかく下げます。そのための新しいシステムですね。

もうひとつは、日本は人口減少や可処分所得の減少もあり、僕らとしてさらに成長していくにはBtoBでビジネスを開拓していく必要があります。そのためのシステムでもあると思っています。

前者のモチベーションは非常に大きく、ビットコストを下げようと思ったときに5Gは無線よりは便利です。技術的なやり方は3つあると思っています。ひとつは、SIRで信号電力対干渉電力比が与えられたときの、チャネル利用効率です。たくさんビットを送るようにするためにたくさんビットを詰め込むというものがありますが、基本的に伝送速度は自分の信号電力に対してまわりの人がやっている通信の干渉で、電力比で決まります。

SIRが決まると、詰め込めるビットの数はシャノン限界で理論限界が示されてしまいます。LTEはSIRが決められると、理論限界が肉薄してしまいます。そのため、これ以上改善は見込めません。

ふたつ目のアプローチとしては、時間率と場所率を改善していくことです。周りの干渉電力を推定して受信側でキャンセルしたり、アンテナに積んでビームを細くして空間方向で時空間的に信号を分離したりと、結局のところ力業になります。

基地局をたくさん打ってください、アンテナをたくさん打って信号を改善してくださいという話しで、これは投資問題です。投資問題になると、稼げる見込みながなければ投資できませんという話しになります。そのため、こちらも苦しいです。

第3のアプローチとしては、周波数を取りに行くしかありません。これ以上無線容量を上げてビット単価を落とそうとすると、高い周波数を取りに行くしかありません。既存の周波数は枯渇しているので、より高い周波数の3.5、4.5など高いところにいくしかないのです。

そっちにいくと、2ギガだと28メガヘルツぐらいしか取れないのが、28ギガだと400メガ取れます。そうすると、かなりデータレートが出ます。しかし高い周波数は電波の直線性が強く、ビル影に回り込まなかったりビルの中に浸透しなかったりと、なかなか面的に展開するのが難しくなります。

5Gが必要な真の理由は、LTEが12ギガヘルツ以上で動かないからです。OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)という信号を使っているのですが、周波数方向のシンボル間の間隔が15キロヘルツしかなく、このデザインでは受信機が発生するノイズで信号が埋もれてしまいます。そのため、受信してもデコードすることができません。

そのため、周波数ごとのシンボル間隔を増やす必要があり、そのためにLTEから5Gに作り直す必要があります。周波数ごとのシンボル間隔を増やすと、時間方向は縮まるので、時間方向にもシンボルを詰め込むことができます。そうすると、ローレイテンシー(低遅延化)ができます。

しかし、先ほどもいったように高い周波数は面的にカバーするのが難しいので、やむを得ずLTEとセットで使うしかありません。それがゆえにノンスタンドアローンというコンセプトが出てきました。

皆さんが期待されている低遅延は、近い将来は実現できないかなと思っています。その理由は、スタンドアローンで使うとLTEの遅延に引っぱられてしまうからです。コアネットワークやサーバ側から見ると、IPアドレスはひとつに見えます。そこから振ってきたIPパケットを、LTE側に通すものと5G側に通すものに分ける必要があります。スプリットして受信側で貯めるということをするので、その処理に時間が掛かってしまいます。

全部の周波数装置が一元化される時代にならないと、低遅延化は難しいく、これはもうちょっと先の話になります。

坂口氏:おっしゃる通りで、5Gは普及するまでに相当な時間が掛かると思っています。日本全国カバーするということになると、3年以上掛かるとほとんどのキャリアが出しています。

その中で、水田さんがおっしゃっていたように僕らがやったことがない戦いが出てくるかなと思っています。今まで通信キャリアがやっていたサービスは、どのエリアでも電波が入っていれば全員が使えました。それが、このエリアにこないとコンテンツが使えません、このエリアでは品質が落ちますというような形で出していかなくてはなりません。そこが難しいところだと思っています。で、岩村さんも水田さんも攻めすぎてびびってます(笑)。

岩村氏:僕らも10年後にはこうした世界が来ると思っていますが、業界として足並み揃えていくことが必要だと思っています。グラスもデバイスも必要だし、ネットワークもモバイルエッジコンピューティングも必要で、ARクラウドも点群データもコンテンツも全部揃っていないとできません。

それを、どういうステップを踏んでやっていくのがいいんだろうということで、最初はスモールにパルコさんでやっているようなことなど、ああいう取り組みが正しいと思っています。場所を決めてイベントスペースでやっていくということを、繰り返していかなればならないんだろうなと思います。

――タイムスパン的にはどこら辺を見ていますか?

坂口氏:今出せるものと将来出せるものは、分けて考えています。今出せることで3社がフォーカスしているのは、2020年の3月末や4月以降です。いったんサービスとして出しますので、そこでどういう風に見せていけるかということは、みんな考えていることだと思います。

将来的なところでは、それが5年後なのか10年後なのかは難しいところで、一番ARやXRで引っぱられるのはデバイスだと思っています。デバイスとプラットフォームという順番になってくると思いますが、デバイスが進化してくれないと次のステップが語りにくいと感じています。

水田氏:5Gという観点でいうと、今おっしゃって頂いた通りです。エリアのカバレッジが広くないという点でいうと、各社がここと思うところでまずスタートしていきます。いわゆる、全国に広げる前哨戦のようなものがスタートしていく感じですね。

一方、ARやXRという観点でいつくるかというと、デバイスがターニングポイントになると言われています。アップルがいつ出すかということにも、ものすごく左右されそうです。とはいえ現場でやっていてわかるのは、ARはあくまでも現実世界のビジネスを拡張するというスタンスを、今のところ超えるものではないと思っています。それを考えると、浸透していくのに時間が掛かります。スケールを取るビジネスになるまでは、しばらく掛かるとは思っています。

WebサイトUXの考え方でARのものを作ると失敗する

――5Gの実用化が始まる2020年に、AR開発者は何を考えて何に注力すべきでしょうか?

坂口氏:どこに期待しているかというのは、2020年というよりもその先が一番見ていきたいところかなと思っています。5Gは大容量、低遅延、多接続といったものが特徴になってきますが、IoTも5Gのビジネス領域になってくると思っています。

実験的な取り組みですが、AR空間の中で仮想通貨を使って、オブジェクトの中にコインを入れます。そうすると自販機からジュースが出てくるということをやっています。これは、いわゆるIoTと連携しています。こうした実証実験をしていくにあたり、ARの世界だけではなくIoTやサーバサイドの話など、もう少しマルチな感じでテクノロジーの知識を磨いていって頂けると僕らとしては嬉しいです。

岩村氏:5Gのポテンシャルを引き出すには、ARも大期待しています。良くも悪くもうち(NTTドコモ)みたいな会社は大企業なので、なにかひとつやるにも稟議が必要で何回決済通らなきゃいけないんだ、みたいな・・・・・・(笑)。特に新しいことをやろうとすると、いろんな人がいろんなことを指してきます。

本で読んだ話ですが、グーグルの創業者のラリー・ペイジも、最初の投資家が出資してくれるまで、149人に断られ150人目にやっと投資してくれる人が出てきました。とくに新しいことはそういうことだと思います。新しいものは、合議制や稟議みたいなところでは、通りにくいものです。ひとり強く信じ込む人がいれば、結果的に成功していくようなものだと思います。この分野を開拓していくのはうちみたいな会社では難しく、時間が掛かります。その辺をどんどんスピード感を持ってチャレンジして頂けると、いいんじゃないかと思っています。

水田氏:KDDIがXRという分野に対して打ち込み始めたのは、結構早かったです。最初にSXSWでVRを使って仮想空間に入り、中にいるキャラクターと乾杯ができるというものを作っていました。そういうことをやっているというプレゼンスを、社内で持っていることが大事だと思います。

ARの開発者に対して学んだのは、フィールドを知るべきだということでした。ARの技術を追いかけてできることを追求するというよりは、ARは現場にあるものを拡張するものなので、それを忘れちゃいけないなと学びました。

WebサイトUXの考え方でARのものを作ると失敗します。Webにあるコンテンツが、その人の行動を完全に変えるものであるという考え方は間違っていて、どちらかというとHCD(ヒューマン・セントリック・デザイン)と呼ばれる、人間の行動を変えるためのひとつのスパイスであるという立ち位置で考える必要があります。

行動や技術を学ぶのではなく、お客さんの行動を変えるためにやらなければいけないものはなにかという、原点を学ばないといけません。僕は元々Web画面上のサービスを作ってきた立場なので、それが商業施設の人の行動を変えようとなったときにすごく感じる分が多かったです。

いろんなARやVRの開発会社とお話させて頂いたときに、その素養を持たれている方ともたれていない方が一目瞭然だったりします。

スマホよりXRの方が500年後に文明が動いた出来事として書かれるインパクトがある

――キャリア3社の中で、ARに対して社内の熱量はどんな感じでしょうか?

坂口氏:フェーズによって異なります。僕が始めたころは、『HoloLens』が発売されるようなタイミングでした。そのときは、社内に数名ぐらいしかARの技術者はおらず、マイナーでした。今の状況では、ARに対する期待値は半年前と比べて高くなっています。

――何がきっかけでした?

坂口氏:やはり5Gに向けてのコンテンツということだと思います。可能性があるということで、熱量が上がっていますね。

水田氏:事業部での立場で考えると、次に種になるビジネスは何かという観点で考えています。そのため、ARであるべきという考え方はありません。とはいえ、手段として一番伸びているものはなんですかという話しでは、XRはいいポジションを取っています。マーケティングの観点からも、たとえばECの国内市場は大きい印象ですが、実際に消費されているものに対して、5~6パーセントにすぎません。そのため、素地はすごくあります。

これはWebで買わせるということを行為にすると、5パーセントほどしか取れませんが、現場に入ってソリューションをしてあげることで、残り95パーセントも素地があります。そのときの手段として最適なのが、ARなのかVRなのか、あるいは決済なのか。これらを組み合わせて考える中でも、重要度は上がってきています。

岩村氏:『Magic Leap』に出資した件もあり、この1年で変わってきました。個人的な思いかもしれませんが、500年後に人類史の本を書く人がいたとしたら、たぶんスマホよりもXRのほうが「文明が動いた出来事」として書かれると思っています。

スマホは便利でポケットに入るからいいんですが、しょせん2Dの画面です。XRのインパクトは、全空間がディスプレイになってしまうことです。どこにでもどんなコンテンツでも出せるようになるのは、すごく文明的なインパクトだと思っています。距離も時間もスケールも超えたのが、500年後に言われるんじゃないかと。

意味のあるコンテキストコンテンツを意味のある交換の仕方でファシリテーションしていく

――5GやARの登場によって、通信キャリア企業の社会での役割も変わりますか?

岩村氏:僕らは元々NTTから分社しましたが、当時は音声をちゃんと伝えることは、ユーザーにとって極めて価値の高いものでした。音声だけだとこの先稼げないので、データ通信を出しましたが、データと言われるとなんだと言われるじゃないですか。結局、人間にとって付加価値のあるものではなく、単なる0と1の数字を羅列したものです。

データ通信はベースとして必要ですが、データ通信といいだした頃から、人間にとっての意味をキャリアは失い掛けていると思っています。・・・・・・と思っていたら、LINEやフェイスブックなどがいろいろと登場して、そちらの付加価値がどんどんシフトしていきました。

音声、テキスト、写真、動画と来て、次は3Dだと思います。コミュニケーションはコンテクストの交換です。誰とどんな場所で、どんなコンテクストを交換するのかというのは、まさに交換機です。それは、本来僕らがやらなければいけないところじゃないかと思っています。そのへんの、ちゃんと意味のあるコンテキストコンテンツを、意味のある交換の仕方でファシリテーションしていくということを、キャリアとしてやっていく必要があると考えています。

坂口氏:5Gという意味では、通信で繋がる量が圧倒的に増え責任は重大になります。今までよりも、責任が広がるというイメージですね。元々メインフレームのようなものがあって、それがパソコンになりクラウドコンピューティングなるという流れがあります。それをARに重ねると、ARクラウドというプラットフォームがどんどん出てくると思っています。それをキャリアとしてどこまでカバーしていくかで、責任範囲も変わってきます。

キャリアは土管化して、インフラだけ提供してればいいんだと言われることがありましたが、その中でも5GやXRが普及していくなかで、必要なプラットフォームをどういう風に作っていくか真剣に考え、逆に役割を変えていかなければなりません。

水田氏:キャリアはコミュニケーション企業です。そういう意味での役割は変わりません。社会が分割していったときに、役割という意味では出来ることは変わっていかざるを得ません。

コミュニケーションをするときに、これまで画面上のサービスをお届けしていたという立ち位置だったものが、現場の体験を変えるというものを作り始めたりすると、お話をする人やビジネスを一緒にやっていく人が変わってきます。

コミュニケーションの価値を生む人というのが、僕らがちゃんと作らないとダメだなと思っています。僕らが何の価値も提供せずに、駐車券出してクルマにお届けするおじさんみたいに右から左に流すだけではダメです。向きだけ変えて渡すように、価値を付けて渡す必要があります。

これは当然1社でやるよりも、みんなでやったほうがいっぱい価値は出ます。一方で、届けるだけを価値にしてしまわないようにするには、土管屋と言われないように駐車券の向きを変えられるおじさんとして、より幅広い人たちと関わっていくというのができるといいなと期待しています。

――ありがとうございました!

PhotoWords 高島おしゃむ
コンピュータホビー雑誌「ログイン」の編集者を経て、1999年よりフリーに。
雑誌の執筆や、ドリームキャスト用のポータルサイト「イサオ マガジン トゥデイ」の
企画・運用等に携わる。
その後、ドワンゴでモバイルサイトの企画・運営等を経て、2014年より再びフリーで活動中。