2018
12.13

【World MR News】人工アームの練習や幻肢痛の軽減にVRを活用――「Health 2.0 Asia ― Japan 2018」をレポート

World MR News

メドピアは、12月4日と5日(水)の2日間、東京・渋谷ヒカリエホールでヘルステックのグローバルカンファレンス「Health 2.0 Asia ― Japan 2018」を開催した。本稿ではその中から、VR関連のセッション「仮想現実(VR/AR/MR)が実現し、変革する知覚」のレポートをお届けする。

モデレーターは、「Health 2.0」コ・チェアマンのマシュー・ホルト氏。

VRで安全に人工アームをトレーニング

外科医でもある米国・オレゴン保健科学大学 医学部外科 急性期重症外傷チームのアルバート・チイ氏によれば、退役軍人の多くは四肢のいずれかを失っており、自分の身体を元に戻して再び活動に戻りたいと考えているという。しかしながら、上肢と下肢では、プロステーゼ(欠損した部分を補うための義手など)技術のギャップはまだまだ大きい。

ジョンズ・ホプキンズ大学では、『Modular Prosthetic Limb(MPL)』と呼ばれる人工アームを開発している。これは200以上のセンサーを搭載しており、温度、速度、加速などを毎秒計算。26の関節を動かすことができるというものだ。

こうした人工アームは、筋肉を動かすための神経を別の筋肉に接続することで機能させる『Targeted Muscle Reinnervation(TMR)』という技術を使い、患者の意思で動かせるようにしている。

オレゴン保健科学大学 医学部外科 急性期重症外傷チームのアルバート・チイ氏。

患者のジョニー・マセニー氏。

人工アームのトレーニングとVRは、実は相性がいい。たとえばVR内で行ったことは、脳の中の記憶としても残るからだ。元々『オーバーウォッチ』など、ビデオゲームの制作をしていたというSuperGeniusのCOOであるピーター・ルンド氏は、こうしたVRを活用したセラピーを実現にするためは、メディアカルエキスパートとゲームデベロッパー、そしてバイオメカニカル・エンジニアリングが集まってやった方がいいと考え、チイ氏と連絡を取っている。

そこで意気投合し、数ヵ月感ブレインストーミングなどを重ねていきながら、いくつもソフトウェアを開発してきた。

SuperGenius COO ピーター・ルンド氏。

VRを使った人工アームのトレーニングでは、バーチャル世界に映し出された仮想の人工アームを操り、リンゴなどのオブジェクトを掴むなどの操作が行える。こうした、VRを使ったトレーニングでは、事故が起きたりケガをしてしまったりといった心配もない。そのため、納得するまで何度も繰り返してトレーニングすることができるのである。

本物の人工アームを使う前に、こうしたトレーニングをVR上で繰り返しておくことで、あらかじめ慣れておくことができるのもメリットのひとつといえそうだ。

SuperGenius CTOのジュリアス・ジョッキーシュ氏(写真左)。

効果があまりなかった鏡療法に変わるVRを活用した幻肢痛治療

四肢を切断した多くが体験するという、「幻肢痛」。手足を切断したり感覚がなくなってしまったりしたときに、本来そこにないはずの手足が存在するように感じてしまう。それだけではなく、大きさや位置、長さも人それぞれで変わる。短く感じたり長く感じたり、中には体の中に埋まっていると感じる患者もいる。そして、こうした幻肢が猛烈に痛むことを幻肢痛と呼んでいる。

実際に存在しない手足が痛むというのは、どういうことだろうか? 脳は機能を失った手足に対して、随時信号を送っている。しかしフィードバックがされないため危険信号とみなし、痛みとなって患者に訴えかけているのである。

もう痛みはなく完治しているという風に、脳をだます治療法に「鏡療法」というものがある。しかし、多くの患者はこの治療法に効果を感じていない。そこで、キッズ 代表取締役社長 NPO法人 Mission ARM Japan 副理事長の猪俣一則氏らは、VRを使って幻肢を再現し可視化することで、随意的に幻肢が動かせるプログラムを開発している。

キッズ 代表取締役社長 NPO法人 Mission ARM Japan 副理事長の猪俣一則氏。白い手は幻肢のイメージ。

幻肢を随意的に動かして、ビジュアル的なフィードバックを脳に刺激を与えることで、痛みが緩和するというものだ。実際に30年間幻肢痛に悩まされてきたという猪俣氏自身も、こちらのプログラムで痛みを緩和することができたそうだ。

このプログラムでは、幻肢で見える手をVR上で再現し動かせるようにしている。コンテンツとしては、指先を自由に動かしたりボールを両手ですくい上げたりすることができる。また、手がなくなった状態では出来なくなってしまった、両手で顔を洗うという感覚を呼び起こす。この感覚をフラッシュバックすることが、脳に強い活性化を与えるのだ。

このVR上に幻肢を出現させる位置が非常に重要だと、パワープレイス リレーションデザインセンター ビジュアライゼーションデザイン室長の井上裕治氏は語る。幻肢の可視化こそが、幻肢を動かす訓練の助けになるのである。

プログラムは、上達していくにつれて、難易度が高くなっていくようにしている。事故当時のトラウマが強い患者については、患者自身の手をスキャンしたデータを使用することで、効果的なトレーニングが行えるそうだ。

このプログラムの素晴らしいところは、即時効果が高いところだ。早ければ、訓練開始後4~5分で痛みが治まってきて、それが1~2週間持続する。この訓練を継続的に行っていくことで、緩和期間が延びるのではないかと考えているとのこと。

パワープレイス リレーションデザインセンター ビジュアライゼーションデザイン室長の井上裕治氏。

「手がない、動かないというもどかしさで日々蓄積されることから来る種類の痛みに、VRはとても効果があります。脳卒中や脳の障害からくる痛みにも効果があるという臨床結果も出ている。デジタルを活用することで、患者ごとのカスタマイズやヘッドマウントディスプレイの没入感により、飛躍的に効果が上がっています」(猪俣氏)

今回ご紹介した事例のように、現実世界で出来ないことやトレーニングをバーチャルで可視化することで、大きな効果を上げることがわかった。医療分野に限らず、今後もXR技術はますます発展・浸透していきそうだ。

Photo&Words 高島おしゃむ
コンピュータホビー雑誌「ログイン」の編集者を経て、1999年よりフリーに。
雑紙の執筆や、ドリームキャスト用のポータルサイト「イサオ マガジン トゥデイ」の
企画・運用等に携わる。
その後、ドワンゴでモバイルサイトの企画・運営等を経て、2014年より再びフリーで活動中。