2018
12.05

【World MR News】仏アヴィニヨンで体験した歴史を追体験できるAR観光ガイド「HistoPad」

World MR News

フランス民謡「アヴイニョンの橋の上で」で有名なフランス南東部の街、アヴィニョン。パリからTGVで2時間40分に位置し、14世紀にカトリック・ローマ教皇の座が移された「アヴィニョン捕囚」の舞台になった街だ。中でもヨーロッパ最大級のゴシック宮殿として知られるアヴィニョン教皇庁は、年間60万人が訪れる重要観光資源で、周辺地区はユネスコの世界遺産にも登録されている。

タブレットをかざして14世紀にタイムトリップ

年間60万人が訪れ、街のシンボルともいえるアヴィニョン教皇庁。ここに1500台のHistoPadが納入されている。

しかし、そこで筆者は二度驚かされることになった。宮殿内部の史跡や収蔵品もさることながら、入り口で難の説明もなく、ポンとタブレットを渡されたからだ。画面を覗き込むと、宮殿の平面図と現在位置が表示されており、移動に伴って場所がトレースされていく。博物館などで見かける音声ガイドに似ているが、それにしては仰々しい。現在位置をリアルタイムで表示する必要性に乏しいからだ。

その後、中庭を経て最初の部屋に入ると、床の上に設置されたマーカーを画面で写すように表示された。まわりの観光客にならってタブレットをかざすと、画面に14世紀の教皇庁の内部の様子が3DCGで表示され、日本語音声で説明が流れ始めた。タブレットの向きを変えると、向きに従って表示内容も変化する。音声ガイドではなく、世界で最も進んだAR観光ガイドだったのだ。

しかも、ただ説明を受けるだけでなく、収蔵品の3DCGをタップして使い方を学んだり、隠されたコインを探すミニゲームも楽しめたりと、宮殿内部の動線に従って、さまざまなイベントが楽しめた。一緒に観光した妻も、すっかりこの仕掛けに魅せられていたようだった。単なる観光がこのガイドのおかげで、14世紀の暮らしぶりが体感できる、参加型の歴史探訪ツアーに変化したのだ。

宮殿内の要所に設置されているマーカー

マーカーのコインをタブレットにかざすと、コインがアニメーションし、14世紀への旅が始まる。。

タブレットをかざすと、当時の風景が3DCGで画面上に再現される。タブレットの角度を変えると、それに伴って画面の表示もリアルタイムに変化する。

アイテムの中には画面上で触ったり、使い方を学んだりできるものもある。また、隠されたコインを探し出すミニゲームも楽しめる。すべてのコインを集めると出口で記念品がもらえる仕組みだ。

開発・運営を手がけるには仏ベンチャー企業のHistovery

その後、偶然にも本ソリューションを手がける仏Histovery社代表のブルーノ・デ・ラ・モレーハ氏にインタビューする機会を得た。パリで2013年に創業し、従業員数は20名、年商が約7000万円のベンチャー企業だ。これまで紹介してきたAR観光タブレット「HistoPad」にまつわる、さまざまな業務を手がけている。コンテンツの作成・ソフトウェア開発・ハードウェアの提供・保守運用などだ。在日フランス大使館貿易投資庁(ビジネスフランス)主催のツアーで来日した。

もともとウェブをはじめとしたデジタルコンテンツのパブリッシャー出身で、歴史にも興味があったというモレーハ氏。開発のきっかけについて聞くと、制服王として知られるイングランド王ウィリアム1世の居城をあげた。仏ノルマンディー地方に現存する12世紀の古城で、観光資源としての価値を高めるアイディアコンテストが行われたのだ。その時「タブレットを通して、現代と過去とを自由に行き来できる体験を観光客に提供する」というアイディアが閃いたのだという。

仏Histovery社代表のブルーノ・デ・ラ・モレーハ氏。

見事コンテストに優勝したモレーハ氏は、共同創業者とともに起業する一方で、仏大手ゲームパブリッシャーのUBIからエンジニアをCTOとして迎え入れ、HistoPadの開発をスタートさせた。2013年にサービスを始めると口コミで話題を集め、年間入場者数が倍増。最終的に顧客の満足度が98%、他人に推薦したい割合が92%、リピーターが53%という驚異的な数字を記録した。この成功をもとに他の施設にも横展開を進め、今ではアヴィニョン教皇庁をはじめ全12箇所に導入されるまでになった。

モレーハ氏は最新の導入事例として、仏ノルマンディー地方にあるエアボーンミュージアムをあげた。ノルマンディー上陸作戦で活躍した輸送機や空挺兵に関する展示品を紹介する博物館で、HistoPadをかざしながら施設内を歩くと、画面上に連合軍兵士で混雑する様子が活き活きと映し出される。これらはフィクションではなく、すべて史実にもとづいた内容だ。モレーハ氏はコンテンツの開発に、平均して1年間はかけると語った。エンタテインメント要素を加えつつも、史実に忠実であることが重視されているのだ。

2018年8月にHistoPadが導入されたエアボーンミュージアム。

HistoPadの特徴はビジネスモデルにも現されている。HistoPadの利用料はチケット代金に含まれており、来館者は全員がHistoPadを手にすることになる。HistoPadは施設にとって付加価値ではなく、根源的な要素なのだ。タブレットの導入とメンテナンス費用に加えて、コンテンツの開発費用も同社持ちで、施設側は初期費用ゼロ円で導入できるという。HistoPadには来館者の写真をとってSNS上でシェアする仕掛けや、来館者のデータを収集する機能もあり、これらは施設側にとって重要なマーケティング資料になる。

これに対してHistovery側には収益の一部が還元される。「細く長く」が信条のビジネスモデルで、数年で上場するか、売却が求められるベンチャー企業には珍しいスタイルだ。多くのスタートアップ企業と同じく、Histoveryもベンチャーキャピタルなどから出資を受けている。しかし、モレーハ氏は「自分たちのビジョンを説明して、理解してもらえた」と語った。B2Bでシリアスゲームやゲーミフィケーションを進める上で、理想的なビジネススタイルだといえるだろう。

ちなみにブルーノ氏は今回の来日目的として、大阪・京都での営業活動を挙げた。現地の美術館・博物館・史跡などを回り、好感触を得たという。「日本は長い歴史と豊かな文化を持ち、高くリスペクトしている。東京オリンピックに向けて、外国人観光客が増加する今がチャンスで、ぜひHistoPadで盛り上げていきたい」と語ったブルーノ氏。コンテンツ開発を進めるにあたって、日本企業との協業も検討したいという。いずれにせよ、今度が楽しみなソリューションだ。施設導入の暁には、ぜひ自分も改めて体験してみたい。

Photo&Words 小野憲史

「ゲーム批評」編集長などを経て2000年よりフリーランス。

ゲームジャーナリストとして国内外のイベント取材・ゲームレビュー・講演などを手がける。他にNPO法人IGDA日本事務局長、ゲームライターコミュニティ代表、東京ネットウエイブ非常勤講師。