11.15
【World MR News】若手講演「バーチャルリアリティのこれから」――東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター設立記念式典をレポート②
東京大学 バーチャルリアリティ教育センター設立記念式典が、11月1日に東京大学 本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホールで開催された。本稿では、その中から若手講演・パネルディスカッション第2部として開催された「バーチャルリアリティのこれから」の講演部分をピックアップしてお届けする。
情報理工学系研究科・鳴海拓志氏「こころと上手に付き合うためのVR」
第2部は、「こころと上手に付き合うためのVR」をテーマに情報理工学系研究科の鳴海拓志氏による講演からスタートした。
階段をVRで作ろうとしたとき、実際の階段を使用すると危ない。しかし、階段を移動するときの触覚的なエッセンスを抽出すると、角のエッジを踏むという感覚だけである。これを実現するには、エッジのところに高さ1センチメートルの棒を並べるだけでも、階段を移動している感覚を味わうことができるのだ。
この技術を見たNIANTICが一緒にやりたいということで、六本木で『Pokémon GO AR庭園』というものも実施されている。
これまでのVRは、いかに環境を作って再現するかという部分にフォーカスされていた。エルンスト・マッハの描いた自画像には、自分の鼻も描かれている。この絵からわかることは、最初から環境と自分が別れているというわけではなく、自分と環境をわけて知覚しているということである。
外から与えられているものは不分離で、それをどう自分の中で分けて自分を作ったり環境を作ったりしているのだ。そのため、環境を与えるVR技術は自分を形作る技術であるかもしれないのである。
VRでは自分の見た目を自由自在に変えることができる。自分がアインシュタインになったらどうなるかという研究が行われたところ、アバターが変わっただけで認知課題の成績が向上したという結果が出た。
自分がアインシュタインになったと思い込むことで、頭が良くなっているのである。このように、新しい役割をVRの中で与えることで自分の状況が変わるのだ。
自分の表情に対して擬似的な変化をフィードバックすることで、快・不快情動やそれに基づく判断や行動に影響を与えることがわかった。たとえばビデオチャットでお互いが笑顔の状態だと、アイデアの回答数が1.5倍になったという。
VRがコミュニケーションの間に入ることで、全員をポジティブになり、クリエイティブになる。そうすることで、社会の生産性やいきいきと働くことができるようになるのだ。
また、「誰でも神プレイできるジャンプゲーム」というものを開発している。これはマリオのようにジャンプをしていくゲームだが、なかなかコツを掴まないとうまくできない。この起動を3~4割ほど補正して理想のジャンプに近づけると、自分が得意だと思い遊んでくれるという研究を行っている。
これをVRにして、疑似成功体験を与えるトレーニングにしてみたところ、自己効力感が高まり現実でも成功率が上がったという。嘘でもいいので褒めてあげることで自己効力感が高まり、パフォーマンスが安定するのである。
情報学環・筧康明氏「マテリアル駆動による実世界体験の創出」
続いて情報学環の筧康明氏による講演「マテリアル駆動による実世界体験の創出」が行われた。
デジタルとフィジカル、リアルとバーチャルの垣根をどうするかというところに興味があり、VRの研究活動をスタートしたという筧氏。装置を付けてバーチャルな世界に入っていく関係性の怖さや、両方のリソースを上手く使いこなすことへの可能性を感じ、2000年台にプロジェクションベースでマップとしての絵を重ね合わせたインタラクティブな装置を研究・制作し、発表している。
映像を重ね合わせるのは面白い試みだが、物理的なものへの介入ということでは物足りない。そうした中で生まれたのが、即時の3次元オブジェクトを作り出しことができる『Dynablock』だ。
データがものになっていくという手段が増えてきており、実態を持ってクリエイションするほか、コミュニケーションすることが可能になってきている。こちらはそれを突き詰めていった、最初のプロタイプとして作られたものだ。
また、人はモノの中に関係性や価値を見つけるといった力を持っている。証明の形をしたシャボン膜をぶら下げている間だけ光る、『Anima』という作品を今年発表している。自分が作ったシャボン玉で明かりが付くということに意味があり、立ち去らないという人も多かったという。
即興ダンスを作るためのデジタルテクノロジーを使うプロジェクト『RAM』も行っている。二年間かけて、ダンサーたちが新しいを開拓するために、VR技術を含んだ身体の動きをデータ化。それによって新たな刺激を受けて、新しい身体動作を作っていくというものだ。
これはカッコイイ舞台を作るというものではなく、表現を作り出すプロセスの中にこうしたデジタルテクノロジーやVRがどのように介入可能か取り組んだものである。ダンサーもプログラマーも最初から係わり、様々なアイデアをその場で使いたいモノを作って試すことができるようにしている。
VRもあるものを使えるかどうかではなく、その場でリアリティを作り出すこところから、みんなが係わっていくようになる。そうしたことが、これからVRを作っていくところに可能性を感じていると筧氏は語った。
新領域創成科学研究科・牧野泰才氏「身体の動きから知る触覚」
続いて新領域創成科学研究科の牧野泰才氏による講演「身体の動きから知る触覚」が行われた。
ここ最近VRヘッドマウントディスプレイがはやり、そこにいかに触覚を付けるかという研究が行われている。牧野氏は、触覚を付けるものがいろいろと出てきたときに、どのように触覚の情報をどのように取得するかということを研究している。
CGで作られたオブジェクトに触覚を付けるのは、比較的簡単である。しかし、360度カメラで撮影されたものに触ってみたいときに、そこに触覚的な情報を付けようとすると一気に大変になってしまう。
パントマイムでは、身体の動きを使い重たくもない鞄を重たく見せている。また、テレビの食レポでは対象を変形させることで、柔らかさなどを伝えている。これは、テレビは視聴覚しか伝えることができないためだ。これが人間にできるのであれば、対応関係を機械学習させることにしたという。
人が荷物を持ち上げる動作をみることで、重さを推定できるのではないかという実験が行われている。学習したデータと500グラムぐらい違うものを持つことで、いい感じの結果が出た。また、焼いている肉がほどよいモノにできないかということを考えて、オブジェクトを付いて堅さを学習できないかという試みも行われている。
人間の動きには、重さや堅さといったものに対応する、何かしらの情報が現れている。それを適切に学習することで、推定できそうだということがわかったという。
ジャンプをする前に、予測を表示するという実験では、ほとんど予測をミスすることがなかった。身体のように重たいモノを動かそうとするときには、個人ごとの差とは異なる普遍的なものが入っているのではないかと考えているそうだ。
こうした技術は、遠隔地にいる人と触覚を介したインタラクションをするときなどに、予測を使って保証してあげることでより体験の質が向上するという。
最後に牧野は、機械学習が簡単に利用出来るようになった今だからこそ、人間の動作に入っている無意識的な情報が活用できるようになってきていると語り、講演を締めくくった。
情報学環・味八木崇氏「ヒューマンオーグメンテーションとVR」
第2部のラストを飾ったのは、情報学環の味八木崇氏による講演「ヒューマンオーグメンテーションとVR」だ。
昨年からソニーの寄付を受けて起ち上げた、「ヒューマンオーグメンテーション学」。これは、人間とテクノロジーの相乗効果で人間の能力をさらに拡張するといったものを、学問領域にしていこうという試みである。
そもそも「ヒューマンオーグメンテーション」自体耳慣れない言葉だが、コンセプトは昔からあるものだ。光学顕微鏡を発明したロバート/フックが、自著の『ミクログラフィア』の中で、「顕微鏡は視覚の拡張である」「他の感覚(聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を拡張する機構も発明されるだろう」とのべている。
これはバーチャルなモノを指したわけではないが、バーチャルではないという部分を除けばほぼVRともいえる。
また、マウスを発明したダグラス・エンゲルバートは、「マウスは人間の知力拡張というより大きな目標のための要素にすぎない」と語っている。こうした考え方を、現代的な技術を使って推し進めていこうと研究しているのである。
知覚の拡張では、ウィリアム・ギブスンのSF小説『ニューロマンサー』に出てくる「ジャック・イン」にインスピレーションを得て作られたのが、『JackIn Head』というデバイスだ。これは円転球カメラを頭の上に付けたようなもので、自分が体験出来ない映像を取得し視聴することができるというものである。
上記のものは2次元映像を使用しているため、その中から出ることができない。そこで考えられたのが『JackIn Space』だ。こちらは2次元の映像だけではなく、部屋全体を3D映像にして一人称視点の映像から三人称視点の映像に切り替えて、空間を見ることができるようになっている。
たとえばスポーツで自分のフォームを客観的に観察できるほか、お手本と見比べてみるといったこともできるのだ。
これからのチャレンジとしては、VR技術を使った人間の能力拡張や人間性の仮想化について研究をしてくという。
Photo&Words 高島おしゃむ
コンピュータホビー雑誌「ログイン」の編集者を経て、1999年よりフリーに。
雑紙の執筆や、ドリームキャスト用のポータルサイト「イサオ マガジン トゥデイ」の
企画・運用等に携わる。
その後、ドワンゴでモバイルサイトの企画・運営等を経て、2014年より再びフリーで活動中。