2018
05.13

【World MR News】[Unite Tokyo 2018]MRのコンテンツは現場が主役――バンダイナムコスタジオによる「テーマパーク」のMRゲーム開発手法

World MR News

5月7日から5月9日までの期間、東京・千代田区の東京国際フォーラムで国内最大のUnityカンファレンスイベント「Unite Tokyo 2018」が開催された。その2日目の5月8日に、バンダイナムコスタジオによるセッション「とても楽しい!HoloLensとUnity、テーマパークのMRゲーム開発について」が行われた。本稿ではそちらの模様をお届けする。

はじめに、株式会社バンダイナムコスタジオ クリエイティブディレクター/ゲームデザイナーの本山博文氏より『ナンジャタウン×MRプロジェクト』の概要が紹介された。

写真)株式会社バンダイナムコスタジオ クリエイティブディレクター/ゲームデザイナー本山博文氏。

この『ナンジャタウン×MRプロジェクト』は、現実世界とデジタルが融合した最新のMR技術を応用した、テーマパーク向けアトラクションのことだ。国内のプロジェクトとしては、ナンジャタウンが初となる。

日本マイクロソフトと連携し、「ホロレンズ」を活用してテーマパークの企画運営をバンダイナムコアミューズメントがプロデュース。MR技術を使ったアトラクションの研究開発を、バンダイナムコスタジオが担当している。

このMRプロジェクトの第1弾として登場したのは、リアル・パックマン・アトラクションの『PAC IN TOWN』だ。こちらはプレイヤー自身がパックマンとなって、仲間と共に制限時間内にゴーストを避けながらすべてのクッキーを食べるといった『パックマン』の世界観にそのまま入り込んだかのような体験ができるアトラクションとなっている。

MRアトラクション第2弾は、『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』だ。1996年から稼働している人気アトラクション『爆裂!蚊取り大作戦』を、MRで大きく進化。凶暴な蚊が目の前にまで迫ってくる演出や、両手を叩いて衝撃波を発生させ、大量の蚊を一気に撃退する爽快感が体験できる。

■『PAC IN TOWN』PV
https://www.youtube.com/watch?v=Y4cFVDkHV8s

■『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』PV
https://www.youtube.com/watch?v=kODcWyY-1u8

『PAC IN TOWN』はわずか3人&1ヵ月でプロトタイプを開発

開発は、今から1年前の2017年5月~7月にかけて『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』を、5人のメンバー+外部委託(アート)と3ヵ月の期間で製品を開発。そのノウハウを元に、8月より3人で1ヵ月かけて『PAC IN TOWN』のプロトタイプを開発して展示している。

その後1ヵ月間をかけて改良を行い、2タイトルを1年内にテーマパークで運営開始している。このように、スペード間のある開発は現在非常に重要であると本山は力説する。

その理由は、xR(VR、AR、MR)の市場を取り巻くスピードがすさまじく速く、従来までのビデオゲーム開発のスピード感ではとても対応できないからだ。すぐに陳腐化し、様々なものも登場してくるのである。

そこで参考にしたのが、スタートアップ企業のプロトタイプ製作だ。具体的には、半年から1年で市場に出すために、アートイベントで展示するというターゲットを設定して1ヵ月でプロトタイプを開発。市場であるアートイベントに展示して、その反応を見てポテンシャルが高いかどうか判断するというやり方を行っている。この手法で開発されたのが、『PAC IN TOWN』だ。

このスピード感を実現した理由のひとつに、MRならではの特性もあるという。MRは現実世界にデジタルを重ねる技術であるため、テーマパークのような作り込まれた環境に追加するだけでいいからだ。

これがVRだとそうはいかない。VRでは、ゼロから世界をすべてつくる必要があるため、手間がかかってしまうのである。

『PAC IN TOWN』や『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』も、キャラクターやキャラクターのアセットなどがメインとなっている。これにより、開発期間の短縮と低コストを実現しているのだ。

同氏は締めくくりとして、MRゲーム開発で「とても楽しい!」と感じるポイントを紹介した。

・ミックスドリアリティゲームは始まったばかりのため、何もかも新鮮で新たな発見がある。
・少人数で短期間にプロトタイプ製作が可能。遊びがすぐに試せる。
・子供の頃に見た夢を、現実世界で実現できるからとても楽しいと感じる。

人がアトラクションで遊ぶ回数は一生に一度を念頭にレベルデザインを設計

続いて、メカニカルエンジニア/ゲームデザイナーの市野塚朝氏が登壇。アトラクションのレベルデザインについて紹介が行われた。

写真)株式会社バンダイナムコスタジオ メカニカルエンジニア/ゲームデザイナー・市野塚朝氏。

今回のプロジェクトで目指したものは、アトラクションとしてのレベルデザインとMRアトラクションとしてのレベルデザインを混ぜたものだ。

株式会社ナムコ(現:株式会社バンダイナムコアミューズメント)の中には、20年以上アトラクションを作り続けているプロたちがいる。その彼らから教わった話として、ひとりのユーザーがテーマパークにあるそのアトラクションを遊ぶ回数は、一生に一度である。

その一生に一度の体験をしたすべてのユーザーに、その日いい気持ちになって家に帰ってもらえることが、アトラクションを作る上で一番大切なレベルデザインであるという。

今回はそれに加えて、MRアトラクションならではのものも追加されている。ホロレンズには視野が狭いという問題点があるが、それを考慮してレベルデザインが行われている。

視野が狭い問題点としては、プレイヤーが視野外から攻撃されることにたいして理不尽と感じてしまうということがある。これは、ユーザーがゲームをつまらないと感じてしまう要因となる。

そこで工夫したのが、頭部の上下の動きの抑制だ。視野の狭いホロレンズを装着したときに、頭や体を大きく動かして見渡すことになるのだが、初めてホロレンズを使ったユーザーがそれを使いこなすのはかなり難しい。

そこで『PAC IN TOWN』では、ゲームの主な要素である迷路とパワークッキー、ゴーストの3つの要素を同じ高さに配置している。これより、頭に上下に振らずとも左右に振るだけでゲームが楽しめるようになっている。

『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』では、敵の蚊が遠くにいるときは上下に大きく動き、プレイヤーに近づくにつれて上下の動きを小さくしている。これにより、『PAC IN TOWN』同様左右に頭を振るだけで十分に遊べるようにしている。

ホロレンズは360度すべて見えるデバイスだからこそ、プレイに必要な最低限の動きが少なくなるように工夫しているのだ。

また、視野の狭いホロレンズだが、視野外を使わないという話になると画面が狭いだけのつまらないゲームになってしまう。そこで、視野外を有効活用するために利用したのが、音だ。

視野外からの敵の接近を3Dサウンドで予告。こうすることで、背後にいる敵を音で知らせて次に向くべき方向をナビゲートしているのである。

こうした音を利用することで、今度は別の問題が発生してしまった。それは、テーマパーク自体の音だ。パーク内には客やスタッフの声、アトラクションの音やBGM、モータなどの駆動音など、様々な音が混在している。これらにより、ホロレンズからの音が聞こえにくくなってしまうのだ。

それを解決するために、「外乱音対策用 耳カバー」というものを開発している。これより、外の音は聞こえるものの邪魔にならない程度になり、スピーカーからの音は逃さないような仕組みになっている。

また、音量や明るさといった調整ボタンをカバーすることで、ボタン類はスタッフだけが押すことができユーザーは押せないような構造を採用している。

アトラクションの世界にデジタルを溶け込ませる瞬間を見つけるのが楽しい

本プロジェクトのレベルデザインは、オフィス内のPC上でUnity上にライドのシミュレーターを作り行っている。実際にはシミュレーションと現場とでは誤差があり、たとえば乗り物のライドは8組それぞれに速度が微妙に異なっている。

22年使われているということもあり、一番早いものと一番遅いものでは1~2秒ほどの差があるという。速いほうに合わせてしまうと、遅いライドでは違和感が生じる。その逆でも同じだ。

その違和感を少しずつ埋めるように、現場で調整しているという。

またオブジェクトの位置にも工夫をしているという。空間内にオブジェクトをただ配置するだけではなく、棚の奥など今あるオブジェクトに近いようにしているそうだ。これだけのことで、アトラクションの世界に溶け込む位置を見つけることができたという。

何度も試して位置を調整することで、溶け込む瞬間があるのだ。市野塚氏が開発をやっていて楽しかったところは、今あるアトラクションの世界にデジタルを溶け込ませる瞬間を見つけることができたことだと語った。

座標系は複雑化するためひとりに任せた方がいい

続いてリサーチエンジニアの岩田永司氏が登壇。コンテンツ製作技術についての紹介が行われた。

株式会社バンダイナムコスタジオ リサーチエンジニア・岩田永司氏。

最初のテーマは、空間のスキャンと再現によるレベルデザインの話だ。今回のプロジェクトは、Unity上で、現地の空間を再現しながらオフィスで製作されている。

『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』では、途中天井が崩れて蚊が襲ってくるというイベントが発生するが、それを実現するためにSpatial Mapや視点カメラの位置ログを記録している。ホロレンズにこうした機能が備わっているので、どんな形でもいいのでログを記録していけばいいのだ。

現地で複数回に分けてスキャンする場合、座標の原点を揃え位置合わせをする必要がある。また、スキャンした情報が大きすぎる場合、不要なものを削除するなどの最適化が必要になることがある。

これらをしっかりとやっていくことで、特定の位置にキャラクターを配置したり、コースの特定位置にイベントを配置したりといったシミュレーションを作ることができるという。

今回のプロジェクトの両方に共通する話として、座標系の扱い方がある。

MRコンテンツを製作するときに、座標系は一歩間違えてしまうと混乱を招く因子になってしまうことがある。例えばシーンが変わったときに、頭の位置を変えるのかオブジェクトを返るのかといったことや、頭の高さに合わせてオブジェクトの高さを調整する場合、頭の高さを調整するのかステージの高さを調整するのかといったことも違ってくる。

このように、座標系に関する意思決定には一貫性が必要だと岩田氏はいう。

『PAC IN TOWN』の場合、広い空間の中で数名が一緒に遊ぶ。こちらは空間共有があるので、Unityのワールド座標系と視点カメラ座標系、施設の座標系、Kinectの座標系にほかのプレイヤーふたりの座標といったものを利用している。

マーカー認識を使って合わせてもズレもあり、どうやって合わせるのかという問題が出てくるので、こうした部分が混乱しないように注意深く設計しているそうだ。

『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』の場合はひとりのため共有はないが、こちらでは乗っているライドや乗っているユーザーの頭の方向、配置しているシーンはどうするのかといった話が出てくる。また、乗車中はアトラクションが暗いため位置トラッキングを使うことができない。そこで、シミュレーションで位置を推定して補完している。

ただでさえ座標系はややこしいのだが、通常このようなアトラクションを製作するときに、現地モードとオフィス内開発モードというように、違う環境をふたつ作ることになる。モードが複数あると、それだけやるべきことも複雑化していってしまう。

こうしたものを混乱なく行うには複数人数で担当するのではなく、いわば「座標系エンジニア」という形でひとりに任せてしまったほうがいいという。

MRは現地の情報を使ってセンシングし、現地の情報を元に成立するコンテンツだ。オフィスだけで完成することはない。オフィスでは、あくまでも現地情報を予測して作るというところまでで終わりだ。現地の情報があって、はじめてゲームとして完成するものである。

『PAC IN TOWN』では、Kinect V2を使って取得したピクセルごとの深度と色を空間内に配置。それを斜め上から見下ろす形で、Audience Viewを実現している。当初の狙いとしては、観客とプレイヤーが体験を共有するものとして用意したものだが、意外な効果として運営による体験向上の工夫が拡大したという。

Audience Viewができたことで、ゲームの進行を見ながらMCが盛り上げることができ、ホロレンズで見ている画面をパネルにして「見えていますか?」といった確認しながら進行もできるようになったのだ。

つまり、現場の創意工夫を後押しすることが大正解だったというわけである。そのために必要なことが、現場で確認できる情報を増やすということでもあるのだ。

オフィスでは気がつかない現場ならではの問題もあり、解決策も現場で見つかることがある。MR体験は机の上では気がつかないこともあるため、現場が重要なのだ。

Photo&Words 高島おしゃむ
コンピュータホビー雑誌「ログイン」の編集者を経て、1999年よりフリーに。
雑紙の執筆や、ドリームキャスト用のポータルサイト「イサオ マガジン トゥデイ」の
企画・運用等に携わる。
その後、ドワンゴでモバイルサイトの企画・運営等を経て、2014年より再びフリーで活動中。