2017
05.12

【ワタシの拡現(格言)】東京大学 大学総合教育研究センター特任講師 藤本徹氏

ワタシの拡現

革新的なMRというデバイスの市場拡大のためには、どのようなコンテンツが配信されていくかが、とても重要になってきます。実用面に適用するための一つの方法として「シリアスゲーム」があります。シリアスゲームは、テレビゲームやコンピュータゲームの高度なインタラクティブ技術とデザインを、教育・研修・トレーニング・医療・コミュニケーションなどに役立てる概念です。今回はそのシリアスゲームを日々研究されている東京大学の藤本先生にお話しを伺ってきました。

――「シリアスゲーム」や「ゲームと教育」についての書籍も多く発刊されていると思いますが、現在に至るまでの経緯や経歴について教えて頂けますか?

藤本:大学を出てからは社会人として約5年民間企業で働いていました。ちょうど1997年後半から2000年の頭にかけて、IT企業もたくさん出て来て、インターネットバブルの時代でした。その時期に教育系の仕事をしていて、慶應丸の内シティキャンパスの立ち上げに参加しました。産学連携プロジェクトや社会人のための教育プログラムの企画などを担当して、その時もうちょっと専門知識を持ってこういう仕事をしたいと思っていました。当時の日本にはまだインストラクションデザインやイーラーニング開発を専門的に学べる大学院はありませんでした。そこで、どこで学べるだろうかと探して、アメリカのペンシルバニア州立大学に6年ほど留学しました。当時日本にいる頃はゲームを使った教育の研究はやっていなかったのですが、ちょうど留学中にアメリカを中心に海外で教育や社会問題の解決にゲームを使う「シリアスゲーム」の動きが進んでいる時期でした。私もぜひ日本でも広めたいと思い、その始まりの時期にコミュニティに参画して、「シリアスゲームジャパン」というコミュニティを立ち上げました。このシリアスゲームのムーブメントが2000年代前半から流れがあって、2010年頃からは「ゲーミフィケーション」と呼ばれる動きとなりました。
佐々木:僕が「シリアスゲーム」という言葉を知って、気にし始めたのは2012年くらいでした。その「シリアスゲームが」オランダで盛んと聞いたので、ビジネス面でどの様にマネタイズしているのかを知るため、現地に視察に行きました。その後、藤本さんが主催された「シリアスゲーム・ジャム」が開催されたので参加させて頂きました。そこで藤本さんとお会いさせて頂いたんですよね。もちろんその前からゲームと教育についての書籍が出ていたので、お名前は存じていました。
その後も藤本さんは積極的にセミナーや勉強会を開催して研究成果を共有してくださるので、ちょくちょくお邪魔させていただいています。

藤本:留学先から戻って、2007年に「シリアスゲーム-教育・社会に役立つデジタルゲーム」(東京電機大学出版局)を出しました。その後帰国して、日本でも「シリアスゲーム」に関するプロジェクトをやろうと思い、NPOでゲームと学習に関する研究ユニット「Ludix Lab(ルディックスラボ)」を立ち上げて、この分野に興味がある人のコミュニティを作って、ワークショップや公開研究会等の活動をしています。この分野での研究活動は10年以上やってきましたが、日本でのコミュニティの広がりは、まだまだこれからやりようがあるというところですね。

――この分野における日本と海外との違いや、今後の展望など教えて頂けますか?

藤本:「シリアスゲーム」はアメリカが起点になっていて、それがヨーロッパやアジアに広がっているという状況なのですが、日本は比較的ゲーム産業が産業として、かなりしっかり出来上がっているので、逆にその周辺領域になかなか人が行かなかったというのがあると思います。アメリカやヨーロッパの開発会社では、エンターテイメントゲームだけでなく、そろそろ違う分野にも参入して行かないと、という動きがあったのと、公的機関のサポートが大きかったと思います。いろんな非営利財団などが、デジタルゲームをつかった教育や次世代の子どもたちの教育カリキュラムに数百万ドルという単位でお金やリソースを出していました。そこで人も育つし、ゲーム研究を目標にしている人が増えていったのだと思います。日本の場合は、それに比較すると予算規模として小さかったこともあり、医療分野、教育分野などそれぞれの分野の周辺的な存在から育ってこなかったという状況です。

佐々木:オランダの視察に行って感じたのは、オランダは国絡みでインキュベーション含めた活動が活発でした。日本のオランダ大使館も、海外からの企業や人材を自国に誘致しようということをとてもアピールしていましたし、問い合わせしたら非常に親切に回答してくれて、RANJ Serious Games社(ランジシリアスゲームズ)を始めいくつかのゲーム関連企業の視察ツアーまでご提供いただきました。

藤本:日本では「これがシリアスゲームの成功事例です!」というのを十分に打ち出せていないところも、これからの課題だと思います。

――企業においても、日本では人材や資金獲得は難しいですか?

佐々木:受託開発か、自社サービスをやるかで違ってくると思いますが、VRやMRの受託開発に関して言えば、HoloLensなどのデバイスの登場によって、ようやくいろいろなニーズ(仕事の依頼、採用応募)が出てきたかなと思っています。ここ数年、毎年毎年VRやMRの盛り上がりは感じていたんですが、ここに来てようやくという感じです。サービスとして、特に教育に関しては、ドワンゴさんのN高のVRシステムなど、いろんなところがやり始めたという状況で、これを機にどんどんこういったものも増えていくのではと思います。

藤本:初期のシリアスゲームの事例で、アメリカで「Virtual U(ヴァーチャル・ユー)」という大学のシムシティのような、大学経営人材を育てるゲームがあります。これは開発会社がシミュレーションシステムを専門に作っているような会社で、データは大学が提供して共同で取り組んでいるんですが、2年間で100万ドルというような規模の予算をかけてやっています。戦略的にこういった分野に関心を持って頂ける企業さんが増えてくれるとすごくありがたいですね。

――今後、MRなどを活用してのゲームと教育などはどのような流れになっていくでしょうか?

藤本:昔のファミコンやパソコンもそうでしたが、今はちょうどハードが普及するレベルになって来ていて、ようやくいろいろなことが出来るようになってきた、というところだと思います。このタイミングになるまでには、いろんな経緯があるじゃないですか。当時のPCでやろうとしていたから無理があったけど、今なら出来るとか、その当時最新だといわれていたことが今はもう普及レベルになっているということで、その時間の流れの中で、これまでやって来たノウハウが生きて来るんだと思います。まだMRはその手前の段階で、いかようにもやりようがある。その中で、いかに手数多く、面白いものを作り続けるかというところに来ていると思います。
例えば、この教育工学分野では、宇宙のしくみを体感できるようなコンテンツなど豊富にあって、それなりに、“もの”はあるんですよ。ただハード面での制約があって、なかなか実用的に表現できるようになっていないところもあります。その出来ていなかった部分をMRで置き換えたらどうなるだろう、と。ですので、まずはきっちりと面白いコンテンツやカリキュラムを考えて作っていった先に、技術の革新が加わって、新しい学習活動に繋がっていくのだろうなと思います。新しいカリキュラムや学習活動につながっていくという面白い時期ですよね。

佐々木:そうですね。教育機関等に話を聞くと、アクティブラーニングということでタブレット端末等は普及しても、それで何をやるかというのは、実はコンテンツがあまりなかったりするようなので、面白いコンテンツカリキュラムが大事になって来ますね。

――VR、MR、漫画、スマホアプリなど、現在はコンテンツを利用するためにさまざまな「箱」があると思いますが、一番どういったものが使いやすいと思いますか?

藤本:作りやすいかそうでないか、というのも絡んでくると思いますが、リーチするために一番普及しているということではアニメーションだと思いますね。でもアニメーションもなかなか作るのは大変ですよね。

――ありがとうございました。最後に、コンテンツのお話が出ましたが、藤本さんは良く漫画を読まれるという話も聞いたのですが、これまでに影響を受けた作品などありますか?

最近だと、週刊モーニングの「疾風の勇人」が好きです。あとは「インベスターZ」は非常に優れた投資教育のコンテンツだと思います! 漫画だから「これ読んでみようか」という層にリーチできるんです。ゲームもそうですよね。まさにこういうものがエンターテイメントエデュケーションと言うのですけど、昔から公共衛生の分野で、開発途上国などの識字率の低い地域で「手はちゃんと洗いましょう」とか、啓発メッセージを伝える手法としてテレビドラマが使われていますし、漫画は多くの人に関心を持ってもらう入口として既に定着したメディアですよね。ただし教育的な意図だけで描いていたら面白くない作品になる。ちゃんと優れた作り手が作らないと面白くないんですよ。

佐々木:私も「こち亀」が好きで、両さんがラジコンやプラモデルのおもちゃなんかを一生懸命いじっていて、かつ新しい技術の話もてんこ盛りです。近未来のすごい技術について現実的な解説をしているのには大変驚きます。ストーリーはいつの間にか突拍子もないすごい展開になったりして、これもまた面白いんですよね。

藤本:そうですね。やっぱり作家さんの上手さやモチベーションが大事になりますよね。教育工学の分野も、優れた作家さんとコラボレーションが出来たらとても面白いと思いますね。「キングダム」や「闇金ウシジマくん」とか、あと落語の漫画で「どうらく息子」も面白いですよ。順番に読んで行くと、教育コンテンツを伝えて行く上でのヒントも得られます。コンテンツを提供するという意味では、作り手たちがもっともっとコラボレーション出来るような環境になると面白くなって来ると感じています!

藤本 徹の『ワタシの拡現(格言)』
勉強嫌いも学べる世界を目指してゲームを研究する

 

藤本 徹
1973年大分県別府市生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。民間企業等を経てペンシルバニア州立大学大学院博士課程修了。博士(Ph.D. in Instructional Systems)。2013年より現職。専門は教授システム学、ゲーム学習論。ゲームの教育利用やシリアスゲーム、ゲーミフィケーションに関する研究ユニット「Ludix Lab」代表。著書に「シリアスゲーム」(東京電機大学出版局)、訳書に「幸せな未来は「ゲーム」が創る」(早川書房)など。